「Giling Basah」:スマトラ式精製法

インドネシアのコーヒーを語る上では、品種もさることながら、その特殊な精製法も重要である。ジャワ島でロブスタにも水洗式精製を用いていることは上述したが、それ以外の島、スマトラ島スラウェシ島などでは、世界的に主流な水洗式とも乾式とも異なる、独自の精製法を用いている。


その定義や呼び方については混乱がある。「スマトラ式」「湿式脱殻 wet hulling」「半水洗式/半湿式 semi-washed」「半乾燥式 semi-dried」などの呼び名が用いられる。「パルプド・ナチュラル pulped natural」と呼ばれることもあるが、こちらはブラジルなど中南米で用いられる精製法のみを指す場合もあり、必ずしもスマトラなどで行われる方法とは工程が一致しない場合もある。インドネシア語では"wet hulling/wet grinding"を意味する"Giling Basah"と呼ばれることが多いようだ。


この「スマトラ式」と、他の精製方法とのいちばんの大きな違いは、脱殻と乾燥の順序の違いである。

  • 水洗式
    • 収穫 → 果肉除去(pulping) → 発酵(水槽内) → (ペクチン層を洗い流す) → パーチメントコーヒーを乾燥(水分11~13%程度) → 脱殻
  • 乾式
    • 収穫 → 乾燥(パーチメントの水分11~13%程度まで) → 乾燥した果肉ごと脱殻

であるのに対して、スマトラ式では

    • 収穫 → 果皮除去 (pulping) → 発酵(籠 or 水槽内) → 洗浄 → 部分的に乾燥(水分40~50%) → (集荷)→ 脱殻(水分30%) → 乾燥(水分11~13%)

という流れである。含水量が極端に高い状態で脱殻することが、"wet hulling"と呼ばれる所以だ。パルピングの段階では、果肉までは完全に除かれず、果皮だけが除去される。続く発酵の段階は、果肉の一部とペクチン層が残った状態で行われ、この状態のものをそのままプラスチックの籠などに入れておく方法(dry fermentation)か、水を入れたプラスチックバケツの中で水洗式のように発酵させる方法(wet fermentation)かの、どちらかが用いられている。産地によっては、収穫後に果実を水に浮かせて(floating)選果するところもある。


この方法で精製された生豆は、特徴的な青緑色*1を示し、また酸味が和らぎ、こくのある「伝統的なインドネシアのコーヒー」の味わいになると言われている。


一方、スマトラ式精製では、含水量が高く柔らかい状態の生豆を脱殻するため、脱殻の段階で潰れてしまう生豆が出てくる。豆の片端が潰れて二つに分かれ、「割れた蹄」のような形になることから、「ヤギのひづめ」(インドネシア語で"Kuku Kambing")とも呼ばれ、欠点豆の一種になる。

また、含水量の高い状態(一般に19%以上)で保管された場合、オクラトキシンAなどのカビ毒を産生するカビの仲間(Aspergillus ochraceusなど)が生える危険性が高くなることが知られており、食品衛生の立場から注意することも必要だと言われている。


スマトラでこのような精製方法が用いられている理由には、現地の栽培および集荷のシステムが大きく関係していると考えていいだろう。小規模農園による栽培が主流であり、また熟した果実を摘み取って出荷する必要から、7-10日おきに5-6ヶ月の間、生豆の収穫と出荷が続けられる。

収穫の時期が長期に亘ることもあり、元々雨が豊富な稲作地帯であったトバ湖周辺では、乾式精製を行うことが困難だったのだろう。他方、水洗式を採用するにも、少量ずつの生豆を水洗式でこまめに精製し、完全に乾いた状態の生豆を出荷するのは、全体としてコストがかかりすぎることになる。

このためスマトラ島では生産した農園で「途中まで乾かした種子」を、取引業者が集荷して、まとめて脱殻と仕上げの乾燥を行う生産システムが出来上がったのではないだろうか。

発酵前に果皮を除去するのは、特にdry fermentationの場合には重要である。他の果物を思い浮かべれば、果皮に傷をつけた方が早く「傷む」ことはお分かりだろう。スマトラ式で発酵にかける時間は、「果皮を傷つけずに行う」一般的な水洗式よりも短く、水洗式では1-2日水槽に浸け込むのに対して、一晩(12-18時間)程度発酵させた後、発酵によって除去しやすくなったペクチン層と果肉を、洗って取り除く。ただしdry fermentationより、wet fermentationの方が概ね品質は高いと評価されているようだ。


またこの「果皮を除く」という精製方法には、ジャワで栽培されていたリベリカの影響もあるかもしれない。実は、リベリカには品質や耐さび病性の他にもう一つ、アラビカと比べて、果皮が非常に固く、通常の水洗式では果肉の除去が難しいという問題があった。このことは、ジャワでリベリカを栽培していた19世紀末頃、農園経営者の間で大きな課題になった。その後、新型のパルパーが導入されるなどもしたが、結局ジャワでのリベリカ栽培は下火になった。

ひょっとしたら、この当時、インドネシアでいくつかの「効率の良い」精製方法がいくつか試され、その中の一つがトバ湖周辺に適した方法として、今に伝わったのかもしれない。


この他、この地域に見られる独特な「精製法」で作られるコーヒーとして、「コピ・ルアク」も挙げられるだろう。が、これについてはまた別のときにゆずろう。

*1:"All about coffee"において、マンデリンの豆は"Yellow to brown, large-sized bean"と記載されていることから、現在の「青緑色」のスマトラ式は、ユーカースの当時の元とは豆の見た目が異なっている可能性は高い。ただし香味の評価については、少なくとも他の精製法のものよりも、共通する特徴が多いと考えてよさそうだ。