「ウダイン起源」仮説

エチオピアの「どこから」持ち出されたかは、このくらいにしておこう。次は、これがイエメンの「どこに」持ち込まれ、どう広がっていったかだ。残念ながら、イエメン栽培種の遺伝子解析は不十分であり、また栽培種の種類自体も整理がつけられないのが現状だが、とりあえず今あるヒントだけを手がかりに推理していってみよう。


イエメンで用いられているコーヒーノキの種類を表す名前で、もっとも普及しているのは、ウダイニとダワイリの二つである。この二つは統一後の主要な4タイプに名前が見られるだけでなく、それぞれの地域の現地名としても名前が上がっている。


(イエメンのコーヒーマップ:話題に関係する地名のみ示した)

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「ウダイニ (Udayni)」という名前が、ウダインという地名から来ているのは明らかだ。アブ(イッブ州の都)の西側、タイッズ(タイッズ州の都)の北に位置する、モカ港からもそう遠くない山地一帯がこの名前で呼ばれている。現在主要な産地になっているサヌアでは、現地名に見られないようだが、より北に位置するサダーにまで広まっているし、また南イエメンから採取されたサンプルにも、この名称の影響が伺われる。


一方、「ダワイリ (Dawairi)」の名前の由来はよく判らない。しかし、"dawair"が地区や村などを意味する言葉であるらしいので、「ウダインからやってきた」コーヒーノキに対して、「自分たちの村の」コーヒーノキという意味から生まれた、いずれかの地域種(local type)に由来するものではないかと想像する。あるいはこのタイプがウダイニよりも標高の低いところに見られることから、人里(=村)に近いところで栽培できる、という意味のものかもしれない*1。いずれにせよ「ウダイニ」との対比から派生した後発的な名称なのではないかと推測する。(7/3/2011付記)一方、「ダワイリ (Dawairi)」は「丸い」という意味を持つらしく、「ウダイニ」との対比から派生した後発的な名称なのではないかと推測する。


もし、他の土地で先に大規模な栽培が行われていたのであれば、その土地の名前がもっと広まっていておかしくない。しかし、ウダイニとダワイリほどに広い地域で見られる名前はない。


ブラーイ(Bura'ai)の名は、フデイダ近隣の標高の高い地区に見られるが、その名から考えて、フデイダにある山の名前(ジャべル・ブラ、Jabel Bura':ブラ山?)から来たものだと考えていいだろう。このタイプがイエメンの主要4品種の中で、最も標高の高いところまで生息可能なことと、この高い山から名前が付いたことは合致する。おそらくは、他の品種から生まれた、高地に適応した品種だと考えられる。


トゥファーイ(Tufahi)の名は、北イエメンの各地に見られ、ウダイニやダワイリに次いで現地名として広まっている。ただし、トゥファーイの語源はおそらくリンゴを意味する"tufah"であり、その果実がリンゴ型になるという特徴から名付けられたものだろう。このような形態のコーヒーノキは、エチオピアにも見られていないようなので、トゥファーイもまた他の品種から新たにイエメンで生まれたものだと考えられる。


以上のことから、ウダイニがイエメンのコーヒーの原型、プロトタイプではないだろうか、と考えている。


少なくとも、「最初に持ち込まれた」とまでは言えなくとも、イエメンでのコーヒー栽培が始まった初期の段階から、ウダインは、イエメン内で名前の知られた産地だったのだろうと推測できる。地理的に見てもウダインは、後にヨーロッパへの積出港として栄えた「モカ」に隣接している。モカが積出港になった理由は、他の文献でも指摘されているように、他国から見て利便性が高かったということも大きかったろう。しかしもし、ウダインが他の産地(アデン北部やフデイダ東部の山地)より早く一大産地になっていたと考えれば、そこから近いモカが積出港として最適だったことも容易に想像がつく。


これらの状況証拠から、ウダインをイエメンでのコーヒー栽培の「始まりの地」…………の有力な候補地の一つに挙げておきたい。「ウダイン起源」仮説とでも名付けておこう。

*1:多分、「ザマールの」を意味するDhamariとの混同ではないと思うのだけど……その可能性もないとは言い切れない。