選ばれなかったカトゥーラ

コーヒー産地での生産工程において、最も手間のかかるのは「実の収穫」である。この工程を如何に省力化できるかは、生産性の向上につながることから非常に重要視された。元々アラビカ種の樹高は3mに達するため、これを小型化できれば、人の手による収穫が容易になるなどのメリットが考えられた。


「小型」、すなわち矮性となるコーヒーノキの変異種としては、ムルタ(Murta)ナナ(Nanaモカ(Mokka:ブルボン変異種)など幾つか知られていたが、これらの矮性種は、いずれもコーヒー豆そのものも小型化するなど、実用性に乏しかった。これに対して、ブラジルの数カ所(マニュミリン、ミナスジェライス州エスピリトサント州)で新たに見つかった矮性種は、樹高のみが低く、かつ高収量であった。


カトゥーラ(カツーラ、Cattura)と名付けられた*1この品種は、ブルボンに由来する変異種であり、通常のコーヒーノキにくらべて「節間」が短いことで矮性化したものである。「節間」は、コーヒーの枝で葉が付く場所(節)と、次の葉が付く場所の間である。コーヒーの実は、必ず『葉の付け根の部分』に実る。なので、節間「だけ」が短くなれば、木全体としてはコンパクトになりながら、コーヒー豆の大きさや収量には変化がなくなる。また、木全体がコンパクトになればそれだけ、同じ耕地面積に沢山の木を植えることができて、全体の収量も増加することになる。

カトゥーラがいつ、どこで生まれた品種なのかについては不明である。文献上の記録としては、1937年にはすでに存在していた。この種がブルボンに由来することは、後にカンピナス農業試験所での交配実験によって明らかにされた。ブルボンの起源であるレユニオン島には、同型の植物があったという記録が残っていないことから、ブラジルに渡って以後に生じた変異体であると考えて良いだろう。

ブラジルの何箇所かで発見されたことから、ブラジルの変異種としては比較的その起源は古い部類だと考えられる。また、少なくとも1950年以前には、これがコスタリカエルサルバドルにも伝播していたらしいことが、後述のパカスやヴィラサルチの例から伺える。


このように、一見「いいことづくめ」だったカトゥーラだが、結局ブラジルではあまり選ばれなかった。

というのは、カンピナス試験所で実際に検討した結果、あまり収量が高くはなかったのだ。コーヒー栽培ではその品種自体が持つ特性が優れていても、実際の農地の環境に「合わない」という場合がある。カトゥーラはまさにそのケースで、サンパウロの気候や風土には適さなかったのである。


またカトゥーラには別の問題も存在する。「隔年性」…要するに「表年と裏年」(当たり年と外れ年)が出る傾向が強かったのである。この問題は、カトゥーラが木の大きさに比べて、実の成る量が多いことに起因すると考えられている。コーヒーノキにとって「実を付ける」というのは一大作業だ。土地の栄養もさることながら、木自体が持っている「生命力/活力」も結実のために大きく費やされる。またコーヒーノキの場合、実が塊状(クラスター)になって、葉の付け根に付く構造のために、沢山の実が付くと葉の機能が阻害されて、光合成が十分に行われなくなることがある。この状態で、6~8ヶ月の間を過ごすことになるため、沢山の実がつく表年が終わると、コーヒーノキは「疲れきって」しまう。その分、裏年では実が少なくなるが、結果的にその間に活力が補われて、結実は隔年~数年の周期性になる。


「その土地の気候風土に合った」品種であれば、成長力が旺盛(= vigor)で、結実で失った生命力を取り戻すのが比較的容易なため、裏年のデメリットは比較的軽くすむ。このため、カトゥーラはサンパウロで選ばれることはなかったが、「その土地の気候風土に合った」他の中南米諸国では、収穫作業効率と収量の高さから、主要品種の一つになっていった。

なお、カトゥーラに似たタイプの矮性品種はいくつか知られている。エルサルバドルで発見されたパーカス (Pacas、パカス) や、コスタリカで発見されたヴィラサルチ(Vila Sarchi, ヴィジャサルチ)は、カトゥーラと同じ矮性遺伝子を持つ(CtCt)ことが、ブラジルでの研究で明らかになっており、おそらくは(これらが発見された1950年以前に)カトゥーラがこれらの国にも広まっていたのだと考えられている。

ただしヴィラサルチでは、カトゥーラに比べるとサンパウロでの発育が良好であり、後に耐さび病品種サルチモールの開発に利用された。このようにカトゥーラとは若干性質が異なることから、矮性遺伝子以外の部分では(おそらくは、それぞれの土地での自然交配の経緯によって)これらの品種間で違いが生じていると考えて良いだろう。またこの他、エルサルバドルの「サンラモンxブルボン」(San Ramon x Bourbon) もCt遺伝子を持つ。

また矮性品種である、パチェ (Pache, San Bernard、サンベルナルド、セントバーナード)は、Ct遺伝子とは独立にSb遺伝子(SbSb)によって矮性化している。サンラモン(San Ramon)、ヴィラロボス(Vila Lobos、ヴィジャロボス)の矮性化もCtとは別の因子によると言われる。

*1ポルトガル語のcatturaは、英語では"ratty"、「みすぼらしい」とか「(ドブ)ネズミのような」という意味の言葉。おそらくは樹が小型で見劣りがすることから、現地の農民がこのような呼び方をしていたのに由来すると思われる。