コーヒーノキは露出狂?

Coffea属は、基本的に自家不和合性(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%AE%B6%E4%B8%8D%E5%92%8C%E5%90%88%E6%80%A7_%28%E6%A4%8D%E7%89%A9%29)である。「自家不和合性」と言うと、何やら難しい言葉なので身構えてしまうかもしれないが、要は「自家受粉」では種子ができない、という意味だ。ただしアラビカはその数少ない例外*1で、自家受粉可能である。


同じアカネ科の中でCoffea属に最も近いとされているのが、上述した「ベンガルコーヒーノキ」が現在属しているPsilanthus属だが、こちらの方は基本的に自家受粉を行う。なぜだろうか?……その秘密を知りたければ、それぞれの花の形を見比べてみるとよい。


(リンク先は熱帯植物を扱っている海外の企業のカタログページ)

…お分かりだろうか? CoffeaPsilanthusの最大の違いは、それぞれの花の構造にある。Coffeaでは生殖器雄しべと雌しべが「露出」しているのに対して、Psilanthusではそれが見られない。実はPsilanthusでは、雄しべも雌しべも花弁に比べて短く、花筒(花弁が筒状になっている部分)の中にすっぽりと収まっているのだ。この構造のせいで、雄しべの先端にある花粉は花筒から外に出て行きづらいのだが、Psilanthusは自家受粉なので、何の問題も無く、同じ花筒の中にある雌しべに受粉して種子(=子孫)を残せる*2

一方Coffeaは、アラビカのようなごく一部の例外を除けば、他家受粉の風媒花である*3。種子を残すためには、雄しべの先端の花粉が風に乗って、別の木の花の雌しべに届かなければならない。雄しべも雌しべも共に「露出」していることが、このとき有利に働くと考えられる。


自家受粉と他家受粉という二つの受粉方式は、どちらかがもう片方に比べて一方的に優れているというものではない。それぞれにメリットとデメリットが存在する……が、その詳しい解説は専門とする研究者のサイト(http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~algae/BotanyWEB/self.html)に譲りたい。

ともあれ、CoffeaPsilanthusは進化上の戦略として、他家受粉と自家受粉という二つの異なる選択をしたと言える。そして、それが両者の花の形の違いになって、今も残っている。


では、自家受粉可能なアラビカではどうなのか? 上に挙げたリンク先の、最初の写真がアラビカなのだが、実はアラビカとそれ以外のCoffea属植物とでは、花の構造には違いがない。アラビカが自家受粉可能であることは、アラビカの出自と関係している。

アラビカは染色体数が44本(2n=44)で、通常のCoffea属(2n=22)の2倍であり、遺伝子解析の結果、カネフォーラ種とユーゲニオイデス種*4の交配で生じた、複二倍体(異質四倍体)に由来することが判明している。元となった植物が共に自家不和合性でも、その間に生じた複二倍体が自家和合性になる場合があることは、Coffea属以外の植物で知られていた現象であり、アラビカ種の場合も、それと同様だと考えられる。言ってみればアラビカは、複二倍体化するときの「オマケ」で、たまたま自家受粉可能になったと言ってもいいだろう。


だが、この「オマケ」こそが重要だったのだ。親にあたるカネフォーラやユーゲニオイデスと染色体数が異なってしまったアラビカは、もはやそれらと交配することはできないからだ。4倍体と2倍体を掛け合わせた場合、その間には3倍体の植物が生じるが、3倍体では配偶子を作るために必要な、減数分裂が正常に進まなくなり、子孫を残すことができなくなる(=不稔)。

もしアラビカの元になった複二倍体が、自家不和合性のままであったならば、当然子孫を残せる可能性は極めて低くなる……逆に言えば、自家受粉可能になったからこそ、アラビカは現在まで生き残ってくることが出来たのだと言える。

*1:103種のうち、C. arabica, C.heterocalyx, C. anthonyiの3種のみが自家受粉可能とされる。またC. humilisは部分的に自家受粉可能と言われている。

*2:同じような構造であっても他家受粉が出来ないというわけではない…特に虫媒花ならば差し支えはない。

*3:一部、ミツバチによる虫媒があることも示唆されている。

*4:厳密にはこれら、もしくはアラビカが出現した時に存在していたこれらに極めて近い植物