「ゲマルディン」の証言者たち

さて、この「ゲマルディン」……というのは英語風にアレンジされた呼び方で、その名前をアラビア語の発音に準じてカナで書くと「ジャマールッディーン・アブー・アブドゥッラー・ムハンマド・イブン・サイード・アッ=ザブハーニー」ということになるようなのだが、さすがに長すぎるので、以下「ジャマールッディン・(ムハンマド・)アッ=ザブハーニー」ないし「ザブハーニー」と呼ぼう……この「ザブハーニー」がコーヒーの初期の利用に関わっていたと、誰がそう証言したのか?


実はそれを詳しく調査しているのが、16世紀エジプトのイスラム法学者、アブドゥル=カーディルが著した『コーヒーの合法性の擁護』である。同書によれば、15-16世紀頃のアラビア半島の高名な学者のうち、少なくとも3人が「ザブハーニーがコーヒー(から作るカフワ)を普及させた」ことに言及している。


一人は、イブン・アブドゥル=ガッファール*1で、1530年頃にコーヒーに関する詳しい文献を著した人物。一人は、アレウィ・イブン・イブラヒム*2で、直接文献を著述したわけではないがイブン・アブドゥル=ガッファールの著述中に出て来る。そしてもう一人は、ファクルッディーン・アブー・バクル*3(以下ファクルッディーン)で、『コーヒーの勝利』という本を著した人物である。

順番に見ていこう。


イブン・アブドゥル=ガッファール

まず一人目、イブン・アブドゥル=ガッファールがザブハーニーについて語った内容は、ド・サッシー訳『アラブ文選』p.417*4以降に、引用の形式で示されている。

ここではまず、ザブハーニーが"Dhabhan"という土地の出身であったこと、アデンでムフティーの地位にあったこと、また彼が「アジャム」と呼ばれる土地に行ったとき人々がコーヒーを利用していることを知り、アデンに戻った後で病気になりコーヒーのことを思い出して使ってみたこと、疲れや眠気を払う効果にも気付いたことが書かれている。ユーカース『オール・アバウト・コーヒー』をはじめ、多くのコーヒー関連文献が言及している内容、それら全ての「元ネタ」が、この箇所である。

アレウィ・イブン・イブラヒム

さらにイブン・アブドゥル=ガッファールが続けて言及しているのが、二人目であるアレウィ・イブン・イブラヒムの証言である。

イブン・アブドゥル=ガッファールは上に述べた「ザブハーニーが初めてコーヒーを広めた」という巷説が本当かどうかを確かめるため、当時ザビードに住んでいた知人の学者*5に手紙を送った。この知人には、90歳を超える非常に博識な大叔父がいて、彼はこの大叔父から昔の話を教えてもらった…この大叔父がアレウィ・イブン・イブラヒムである。

このアレウィ・イブン・イブラヒムが述べたのは、次のような目撃証言である:彼は若い頃アデンにいたが、当時そこに住んでいるファキール*6がコーヒーを作って自分で飲んでいた。このファキールが、当時アデンにいた二人の高名な学者…一人は法学者のムハンマド・アル=ハドラミー・アル=アフダル、もう一人が神学者ムハンマド・アッ=ザブハーニー…に、コーヒーを薦めた。彼らが公衆の面前でコーヒーを飲んだので、人々の間に広まった。

ファクルッディーン

最後の一人、ファクルッディーンの『コーヒーの勝利』からの引用は、ド・サッシー訳『アラブ文選』p.419*7以降に見られる。

この引用文は、ファクルッディーンがアリー・イブン・ウマル・アッ=シャーズィリーが用いた「カフワ」に言及した箇所であり、彼と対比する形でこのように述べている:コーヒーを初めて紹介した人物はザブハーニーだと言われているが、最初に「カフワ」を用いたのはアリー・イブン・ウマル・アッ=シャーズィリーで、当初それはカートの葉から作られていた。その使用は広がりアデンにまで到達したが、このとき、ザブハーニーの時代のアデンにはカートがなかった。そこで彼が「ブン」からカフワを作ることを提案した。


この三人の「証言者たち」の話を総合して、アブドゥル=カーディルは「ザブハーニーが、アラビア半島でコーヒーを普及させた最初の人物である可能性が高い」としている。ただし記録に残っていない別の誰かが関与していた可能性も棄却してはおらず、彼が非常に慎重かつ冷静な判断を下す、優れた学者であることが伺える。

*1:シャイフ・シェハーブッディーン・イブン・アブドゥル=ガッファール

*2:ウェジーディン・アブド=アラーマン・アレウィ・イブン・イブラヒム

*3:ファクルッディーン・アブー・バクル・イブン・アブー・イエジド

*4http://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=qLVhAAAAMAAJ&pg=417#v=onepage&q&f=false

*5:彼の名は「ジャマールッディーン・アブー・アブドゥッラー・ムハンマド・イブン・アブドゥル=ガッファール・バーアラウィー」と記録されている…ただし本人の名前に当たる「ジャマールッディーン・アブー・アブドゥッラー・ムハンマド」がザブハーニーと、父の名の「イブン・アブドゥル=ガッファール・バーアラウィー」の前半がイブン・アブドゥル=ガッファールとそれぞれ同じになっている点は、いくら同名の多いアラブ圏とは言っても、ちょっと気になる部分ではある。

*6:托鉢で暮らすスーフィー

*7http://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=qLVhAAAAMAAJ&pg=419#v=onepage&q&f=false