続いていた探索とティモールの奇跡

話は50年近く遡って1925年。インドで、Coffee Board of Indiaが設立された。この当時、既にロブスタに対する評価は地に落ち、ニューヨークでの取引も1912年には停止していた。これらの背景から、すでに「さび病が蔓延していた」インドで、耐さび病品種の探索と育種は継続的に行われていたのである。この過程でいくつかの有用な品種が見いだされた。

ケント(Kent)は、インドで栽培されていたティピカの中で比較的、耐さび病のものとして見つかった。「オールドケント」とも呼ばれ、インド由来の品種としては恐らく最も古いものの一つであろう(ただし、さび病以前の品種との関係性は不明であるが)。品質としてはティピカに近いものであったが、やがて新型さび病の前に屈した。

また「Sライン」と呼ばれる耐病性品種が開発された。最初に見つかったのは、S.288と呼ばれる耐病品種である。耐さび病性を示すことで注目されたが、結実は不安定であり、さらにこれも新型さび病には無力であった。後に、このS.288は、当時インドの農園で近くに栽培していたアラビカとリベリカが自然に交雑して出来た雑種であることが判明している。またこのケントとS.288を交配させたものをS.795と呼び、結実が安定になり、さび病耐性も向上したが、やはりその後発生した新型さび病の前に屈している。


さらに1950年頃からは、多くの国が協力する形で、耐さび病の品種を求めてエチオピア野生種からの探索も行われた。最終的に、数千種類にも上るサンプルがエチオピアから採取された。この中で、アガロ、カファなどが一部のさび病に耐性を持つことが明らかになった。現在、「高品質コーヒー」の代表格としてパナマなどで栽培されている「ゲイシ」も、元々はこのときにエチオピアで採取されたものであり、一部のさび病に有効なことが報告されている*1。しかし、これらのエチオピア野生種由来の品種群も、全てのさび病に対して有効だったわけではなく、問題の解決には至らなかった。


こうして探索が難航する中、とうとう「救世主」とも呼べるものが見つかった…残念ながらインド以外の手によって。1927年、ポルトガル東ティモールの個人農園で見つかっていた一本のコーヒーノキが、さび病に有効であることが判明したのだ。この木はロブスタと異なり、アラビカと交配することが可能であった。後に、この木はたまたま4倍体になった(倍化した)ロブスタと、アラビカとの間に生じた交雑種(ハイブリッド)であることが判明し、「ティモール」あるいは英名で「ティモール・ハイブリッド Timor Hybrid」、ポルトガル語で「ハイブリド・デ・ティモール Hybrido de Timor, HdT」と呼ばれるようになった。

このティモールは、ロブスタの持つ耐さび病性を完全に受け継いでおり*2、すべてのコーヒーさび病に対して優れた耐病性を発揮した。一方、その品質は純粋なロブスタよりは若干まし、という程度でしかなく、そのままでは商品価値がないことは明らかだった。しかし、ここで「アラビカと交配可能」という性質が重要になってくる。ロブスタ発見の当初はあきらめるしかなかった「ロブスタとアラビカの両方の長所を持った」合の子の開発が可能になったからである。ティモールを、「親の片方」にあたるアラビカと交配させていく「戻し交配」という手法で、耐さび病性植物の開発が行われていった。


最初に、実用可能な「合の子」が出来たのは1959年、ポルトガルの試験場であった。当時、中米で主流になっていた矮性品種「カトゥーラ」と「ティモール」の間に出来た合の子で、「カチモール(またはカティモール)」と名付けられた。1970年以降、このカチモールとその子孫として生まれた「ハイブリッド」が、中南米での「一般的な」品種になっていくのである。


コロンビアでは、さらにカチモールをカトゥーラに戻し交配した品種「ヴァリエダ・コロンビア」(あるいは単に「コロンビア」)が主流になった。また気候風土的にカトゥーラが適さなかった(カトゥーラでは十分な生産量が得られていなかった)ブラジルでは、カトゥーラ同様に矮性だがより風土に適合していたカトゥアイやヴィラサルチとカチモールの交配により、サルチモール、オバダン、トゥピなどの耐性品種が作製された。また、カチモールが生まれた原理を応用して、ティモールとは別のハイブリッドであるイカトゥなども作製された。こうして人為的に生まれたアラビカとロブスタのハイブリッドは「アラブスタ」とも総称されている。


このようにして中南米では、ジャワやセイロンの轍を踏むことなく、辛うじて「アラビカ(の血を受け継いだ品種)」の栽培を継続することに成功したのである。

*1:このため、1970年以降のさび病流行時に、パナマなどで耐さび病品種として一部の農園に分与された。その後、収穫性の低さから注目されなくなっていたが、独特の香味に注目されて「再発掘」され、今に至っている

*2:コーヒーさび病に対する耐性遺伝子…ここでいう「遺伝子」はgeneでなく、古典遺伝学上での「遺伝子」でalleleに近い意味だが…は、これまでに9種類見つかっており、SH1-SH9と呼ばれている。このうちどの組み合わせを持つかでさび病耐性は異なる。SH5はほとんどの耐性品種に見られ、実はブルボンもSH5だけは持っている。SH2はケントに由来し、SH1,4はカファやゲイシャなどのエチオピア野生種に見られる。SH3はS.288に見られリベリカに由来すると考えられる。ロブスタの耐性はSH5,6,7,8,9に由来し、ティモールにはこのすべてが保存されている。ただし、これ以外にも耐性に関与する遺伝子が存在するとも言われている。