『珈琲の世界史』紹介(3)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

珈琲の世界史 (講談社現代新書)

#前回につづいて目次の内容から。


『コーヒーが廻り世界史が廻る』や『コーヒーハウス』など、コーヒーの歴史に関する優れた本にはいくつもあります。ネットで検索してみると、今回の『珈琲の世界史』ではそれらとどう差別化しているのだろう、と疑問を感じた方もいるようです。

いちばんの違いは「通史本」としてのスタンスです。読み物としての面白さから、歴史上の人物や事件などにスポットライトを当てたところもありますが、全体としては、コーヒーが辿った歴史の流れを俯瞰する、という切り口にしています。

全体として見ると、比較的多くの文字数を費やしたのは、コーヒーという飲み物が生まれるまで(1,2章)と近現代(8章以降)……既存の本と比べて奇妙なバランスに感じる人もいるかもしれません。ただ、これはこれまで他の本があまり書かなかった時代についても、わりとまんべんなく触れたため。よく取り上げられるところはあっさりと流し、そうでない部分を細かく解説しているためです*1


ただ、コーヒーが生まれるまでの流れについては、そもそも信頼できる史料に乏しく、推論や仮説を交えながらになっています。この部分は、このブログで続けてきた、シリーズ『コーヒーはじまりの物語』で考察してきた内容が元ネタです。ブログの方ではかなりあちこち、議論が飛び火しながら進めていますが、そこから導き出された「蓋然性が高そうな仮説」を示したかたちになっています。


またコーヒーの近現代史、日本のコーヒー史についても、俯瞰的な視点から解説を行っていることも特徴です。コーヒーに限ったことではないですが、こうした歴史を考えるにあたっては「当事者が語る内容」には注意が必要……特に、コーヒーの場合はかなり「店にとっての利害」が絡んでくるため、当事者ごとの「史観」が存在する*2と考えられるからです。本書では、複数の歴史的観点を寄り合わせ、特に「なぜ、そんな動きが生まれたのか」という、背景事情などについても解説しながら、「コーヒー史のつながりが理解できるように」書くことを心掛けたつもりです。

*1:それに、他の人がきっちり解説している内容については、わざわざ私が書くべきことも少ないわけで。

*2:例えば、日本の喫茶店史には「パウリスタ史観」があり、アメリカの現代コーヒー史には「スペシャルティコーヒー史観」がある、という具合。