パルプトナチュラルと半水洗式

ブラジルが、アメリカのクリーンカップ派の台頭のために行った対策は、この「ナチュラル」という言葉の普及だけではありません。そのもう一つの答えが「パルプトナチュラル」です。80年代以降、ブラジルは従来の乾式精製だけでなく、パルパー処理で果肉を除いた後に乾燥する「パルプトナチュラル」の生産に力を入れるようになります。この精製方法は、ブラジルでは既に1950年代後半の文献に見られますが、当初は「pulped and dry」「semi-washed セミウォッシュト/半水洗式」「semi-dry セミドライ/半乾式」とも呼ばれていました。


上述したように「水洗式がパルパーの発明によって生まれた」とするならば「パルプトナチュラルはパルパーの発展によって生まれた」と言えるでしょう。パルパーをさらにもう一歩進めて、ミュシレージの部分まで効率的に除去可能な器具(いわゆる「ミュシレージ・リムーバー」)の開発がその始まりになっています。その最初の記録はかなり古く、1930年代にインドネシアで使われていたドイツのKruppe社の"Raoeng pulper"というパルパーに、すでにミュシレージまで取除く性能がありました。その後もHenschel社、Stülcken社などのドイツ製のものがインドネシアで使われていたようですが、彼らはそれを単に「改良型パルパーの一種」と見なし、特別扱いはしていませんでした。

ラテンアメリカでは1960年代後半、イギリスのE H Bentall社製の"Aquapulpa"がその最初だと言われています。器具名はスペイン語"aquapulper"なので、やはり「パルパー」の一種と見なされていますが、これを元にして1980年代初頭には"ELMU"(Eliminadoras de Mucílago/スペイン語で「ミュシレージ・リムーバー」、の略)と言う名前で、コスタリカなど中南米諸国で生産され用いられるようになりました。


「半水洗式/半乾式」というのは、精製工程の前半で水洗式と同じようにパルパーを使うものの、後半では水洗式のような発酵水槽を使わずに乾式と同じように乾燥させることから付いた名前です。そういう意味では折衷型なのですが、現在は「セミドライ」という言葉は使われずに、上述のように"semi-washed"という言葉でISO 3509に「湿式の一つ」として分類されています。こうなった背景にも、ブラジルが「乾式だけではない」というイメージを普及させることに腐心していたことを伺うことができます。


現在、中米諸国ではハニー精法などの形に発展している「パルプトナチュラル」ですが、それが先行していたブラジルでは、元々アメリカの「クリーンカップ派」への回答の一つとして発達したという経緯が有ります。特に、ジョージ・ハウエルに代表されるような、いわば「原理主義的なクリーンカップ派」は「精製工程に由来するような香味が、生豆に付かないこと」をクリーンカップの条件として掲げてますから、果肉やミュシレージをさっさとこそぎ落としたパルプトナチュラルこそが、「クリーンカップ派の注文通りのコーヒーだ」ということになるわけです。


こうした流れからブラジルでは、パルプトナチュラルは「ミュシレージを完全に取除く」方向を目指して発達していきます。今日でいうところの、中米の「エコウォッシュト」と同じような方向です。最初のうちは、まだパルパーやミュシレージ・リムーバーの性能などの問題がありましたが、まもなくそれらの性能が向上してミュシレージを完全に機械的にこそぎ落とせるようになりました。しかしいざ出来上がって、カッピングでの点数がよくなったかというと…。確かにクリーンとは言われるけれども、味の華やかさや個性が足りないという評価になっていきます。要するに「アメリカ人が、やれクリーンだクリーンだと言うから注文通りに作ってみたら、こんなもんだ」という、そういう結果になったわけです。これが教訓となって、従来のナチュラルの再評価や、パルプトナチュラルでもわざとミュシレージを多く残して乾燥させる応用法(ハニー精法)の開発へと繋がっていったのです。